水本さん夫妻

ピーマンでつかむ「軸のある」田舎暮らし

豊後大野市三重町でピーマン農家を営む水本幸佑(こうすけ)さん(40)、ゆかりさん(34)ご夫妻です。

以前は東京都で全く違う仕事をしていたというお二人。
豊後大野市へ移住して、農家という道を選択した理由や、なぜピーマンなのか?について、たっぷりとお話をお伺いしてきました。

目次
1、「自然の中で暮らしたい」がこみ上げて仕方なかった都会暮らし
2、豊後大野市は暮らしと農業の「穴場」だった
3、インキュベーションファームで新規就農を目指す
4、ピーマン農家として生きていくという選択
5、移住前のお試し滞在で地域を見る
6、まとめ

1、「自然の中で暮らしたい」がこみ上げて仕方なかった都会暮らし

 たまたま二人とも北九州出身。
「いつか九州へ帰ってできる限り自然のある暮らしをしたい」「雇われず自分の時間を生きる暮らしをしたい」という思いも、二人ともずっと心にあったとのこと。

そんな二人が出会ったのは2010年の東京でした。
幸佑さんは10年近くサラリーマン生活を送っており、ゆかりさんも家庭菜園を極めながら都会暮らしを送る日々。出会ってすぐに意気投合した二人は、「より人間として自立した生き方」や、理想の田舎暮らしについて沢山語るようになったのです。

そうして真剣に田舎への移住を考える中で、お互いに擦り合わせをしたのは仕事の内容。ゆかりさんは家庭菜園を長年していたこともあり、農業を強く希望。一方で幸佑さんは東京都奥多摩町で林業のボランティアをしていたこともあって林業で働くことも考えていたそうです。

「林業は力仕事で、体力勝負なところに少し不安がありました。農業の場合は、一人でするには生計をたてるような規模では出来ない。でも二人だと、しっかりと収益に繋げる働き方が出来ることを知り、話し合いも重ねて、しっかりと二人で農業に向き合う方が良いという結論に至りました。」とゆかりさん。

そうして農業の道を志した水本さんご夫妻は、新規就農をするにあたって、移住地と就農のための訓練所を探し始めるのでした。

2、豊後大野市は暮らしと農業の「穴場」だった

「九州のどこに住みたいか考えた時、ふと大分県良いなあ。と思ったんです。」と幸佑さん。「温泉もあって海もある大分県!どちらも好きだし良いなあと。はじめは、少しリゾート目線もあったんですよね。」と微笑むゆかりさん。

なるほど。温泉と海に惹かれた大分県・・・。しかし、豊後大野市には残念なことにどちらともありません。
それではなぜ最終的に豊後大野市を?

「はじめは、確かにリゾート目線もあったんです。でも、現実の農業を考えれば考えるほど、自分たちにとって『より良い地』 に対する考えがどんどん変わっていきました。」とゆかりさん。

「私たちは、東京都で東日本大震災を経験しました。当時はなかなか野菜を手に入れることができず、食料が手に入らない危機を強く実感することになったんです。そしてそれが、災害時の影響をできるだけ受けにくい環境や、強くて安定した野菜の存在について、頭の片隅で強く意識するきっかけとなりました。」
その幸佑さんの言葉はとてもしっかりとしていました。

「ある日、豊後大野市に目が留まったんです。豊後大野市の取り組む『インキュベーションファーム』の制度に共感を覚えたのはもちろん、この市の『温泉もなく海もない』環境は、私たちの意識していた野菜を育てる環境に大変リンクしていました。豊後大野市は、温泉はないけれど地盤が強くて地震の揺れに比較的強いし、海がそばにないけれど海の潮風による野菜の影響を受けにくいのです。なので豊後大野市で野菜を育てることは、私たちの理想に近い形だったんですよ。」

この言葉にはハッとさせられました。
「おんせん県おおいた」なのに温泉がなく、海にも面していない豊後大野市ですが、だからこその「穴場」としての魅力と可能性も詰まっていると考えうるのですね。

3、インキュベーションファームで新規就農を目指す

水本さんご夫妻が豊後大野市に住む上で何より決め手となったのは、豊後大野市大野町にて展開する「インキュベーションファーム」との出会いでした。

「豊後大野市のインキュベーションファームは大分のファームスクールで一番歴史があり、何より仕組みが本当にしっかりしていました。研修から就農後まで手厚いサポートを受けることができると知り、ここにしたいという思いになったんです。」

「インキュベーションファーム」とは、豊後大野市が運営する新規就農者技術習得研修施設であり、2人以上で参加することができます。指導者はJAピーマン部会や県・市の関係機関の方々で、受講者と親子のような関係になることも多いのだそう。研修1年目では、そんな指導者のもと、里芋やかんしょ、ヤマジノギクなどの栽培技術も学びながらピーマン作りの知識・技術を習得していきます。

また、研修2年目からは本格的に1組15a(アール)の大きさのビニールハウスでピーマン栽培の模擬経営を行います。この収穫物は研修生の収入となり、住居や農地の斡旋を受けながら研修後の自立に向けた準備も並行して実施していきます。 

2年間の研修中は、2LDKの家族型の宿泊施設を、なんと月額12,500円で利用することもできます。

さらに、「農業次世代人材投資資金」として、給付条件を満たせば、研修中2年、就農後5年の計7年間、1人あたり年間最高150万円の給付を受けることができるサポート体制もあります。

ちなみに、インキュベーションファームの受講料はもちろん無料!「ピーマンで農業所得400万円をめざす」ことを掲げ、実際に研修終了した方々はしっかりと所得につなげる実績を残しています。 

この徹底した仕組みとサポート体制の中、水本さんご夫妻は6期生として研修を受け、見事卒業して農家としてのスタートをついに切ることとなったのです。

平成23年度から取り組み開始をさせたインキュベーションファームは現在、16組32人の方が市内で就農し、日々精力的に営農活動を実践されています。

新規就農をして安定的に田舎暮らしをしたいご夫婦には、まさしくぴったりな制度と言えるのではないでしょうか。

4、ピーマン農家として生きていくという選択

 豊後大野市を就農地に選び、インキュベーションファームのサポート体制に惹かれたという水本さん。インキュベーションファームの主要戦略品目は「夏秋ピーマン」ですが、水本さんご夫妻がピーマン農家になることを決意した理由・決め手は何だったのでしょうか。

「何よりまず、初期投資が少ないんですよ。」
そう口を開いたのは幸佑さん。
「夫婦二人で収入を得て暮らしていく規模。それも30代・40代での農業なので、大規模に展開する予定はありませんでした。そう考えたときに、初期投資はできる限り少なく、でも販売価格の上下が少なく、高販売単価を見込める安定性を選びました。」

「ピーマン、いいですよ。」ゆかりさんも笑顔でおっしゃいます。

お二人が三重町で営むピーマン農業のフィールドには、ビニールハウスが17棟あります。大規模でないとおっしゃりながら、お二人でこの広さは凄いと驚きます。

「こっちが植え付けて1週間です。」そう見せて頂いたのはとても美しい緑の葉をつけたピーマンの苗の姿でした。

「そしてこちらが2週間の苗ですね。」と別の棟で見せて頂いたのはより成長した姿。
お花を少し咲かせていました。

「このわき芽の部分を最初はとるんですよ。大きく育てるために欠かせない作業です。そして取ったわき芽も、炒めると美味しいんですよ。」と、ゆかりさんは茎と葉っぱの間から生えてくるわき芽を見せて下さいました。

わき芽を摘み取ることで、ピーマンの木は大きくなり、無駄な枝が無くなる分、栄養分が集中して木の幹やピーマンの花と実に行きわたるのだそう。 

将来、より実りのあるものを作るには、小さな犠牲やそれを取捨選択する力が必要になってくるようです。きっと水本さんご夫妻の人生がそうであるように、一つ一つのピーマンの苗も選択の積み重ねで実っていくのでしょう。 

しかしやはり農業。毎日休みなく朝早くから作業する日々は非常に体力を消耗する大変なもののはず。そんな返答を予想しながら、移住して大変だと感じることは何ですか?とお尋ねすると・・・返ってきたのは予想外な答え。

「ピーマンで喧嘩することですね」
笑いながらおっしゃるお二人。
「どちらも譲らないんです。しかも真剣で・・・。育成管理についてや、ピーマンと向き合う日々の中で、何度もぶつかり合います。なかなか意見をどちらも曲げないんですよ。」

それは、本当に真剣に、熱意を持ってピーマンを育てている証と言えます。
二人でやるからこそ意見を出し合い、二人でいるからこそお互い成長し合えるのでしょう。

それでは逆に、移住してきて良かったことは?とお伺いすると・・・ 

「まずピーマンしている時が一番楽しいんですよ。」とゆかりさん。

なんと!驚きました。大変なことも楽しいことも全てピーマン!
ピーマン農家はまさに天職なのではないでしょうか。

「そして朝から働いて疲れた時に、立ち上がって見る夕日は別格です。確かに体力は奪われますが、ものすごく自分の時間を生きている気がするんですよ。」
幸佑さんも目を輝かせます。

「自分の時間を生きる」感覚は、10年以上も都会でサラリーマンとして生きてきたからこそ、さらに実感できる貴重なものなのでしょう。 

東京暮らし時代の夢を有言実行し、大変なことも楽しみながら日々生きる幸せを噛みしめてらっしゃる姿は、田舎暮らしを検討する方々にも大きな励みとなるのではないでしょうか。 

さらにユニークなのは、17棟のビニールハウスに名前を付けているところ。
A,B,C….Qまであるアルファベット順の棟にそれぞれ「アルファ、ブラボー、チャーリー…ケベック」と名付けているのです。 

これは「フォネティックコード」というアルファベットをその頭文字から始まる単語に関連付けて覚えるための呼び方を参考にしているのだそう。 

ちなみに先ほど花を咲かせていた2週目のピーマンの苗は「ジュリエット」です!
なんだかビニールハウス一つ一つにも愛着が湧いてきますよね。 

ちょうどてんとう虫が「チャーリー」の上に留まっていました!

てんとう虫は、ピーマンについたアブラムシを食べてくれる益虫なのだそうです。なんだかてんとう虫も小さな従業員に見えてきます。

自然の中で毎日毎日、一つ一つのピーマン作りの過程や環境としっかりと向き合い、熱く話し合い、育てていくお二人の姿は本当にいきいきとしていて夕日の中輝いていました。 

5、移住前のお試し滞在で地域を見る

 そんな水本さんご夫妻へ、田舎への移住を考える方々へのアドバイスをお願いしました。
「私たちは豊後大野市の『お試し滞在施設』に10日間住みました。それは本当に大切な時間だったと思います。」

お試し滞在施設とは、昔ながらの木造平屋建ての広い造りとなっており、大分県外にお住まいで、かつ豊後大野市への定住を検討されている方が利用対象となります。利用料は1日1,000円で、1人でも1家族でも1グループ1,000円で利用することができます。また、電気、水道、インターネット料金も含まれており、快適に過ごすことができます!

「滞在施設に泊まって毎日豊後大野市の地域の方々と触れ合う機会がありましたが、みなさんが全然『よそ者』への排他的な面がなかったんです。それはとてもほっとしましたね。」
幸佑さんは、田舎独特の排他的な要素を感じなかった点に、移住への気持ちが膨らんだようです。

また、ゆかりさんも続けます。
「スーパーをとにかく見て回りました。移住候補地のスーパーで売っている商品の価格帯、たとえばお総菜とかの値段を把握することは、日々の生計に直接関わってくるので、とても大切なことだと思います。」
確かに、実際にはじめての地へ移住を検討している際、スーパーなどでの物価が自分たちの許容範囲内かどうかあらかじめ確認しておくことは、スムーズな移住をする上で役立つ要素となりますね。

そして、地域に移住する上での独特の距離感に対する心構えも必要だとおっしゃいます。
「田舎は距離感が都会より近く、それを受け入れることができるのか、という自分への問いも必要になってきます。集落には区役や風習もあり、その昔ながらの暮らしぶりも楽しめるのかどうかは、田舎暮らしを満喫する上で大事なことだと思いましたね。」
そうおっしゃる幸佑さん。お二人とも、集落の行事や決まり事をしっかりと楽しんでいるようです。

6、まとめ

 「雇われずに自分たちの時間を生きていく」ために選択した「農家」という生き方。新規就農にあたっての下調べや自分たちの考えの整理をとことん行い、その上で選択しつかんだ新しい人生。それは水本さんご夫妻の作る軸のしっかりとした立派なピーマンそのもののようです。
生きていく上で、何をするのかという選択と同時に、何を思って生きていくのかという軸が大切なのかもしれません。

 そんな軸をしっかりと持ったお二人の今後は、間違いなく実りのあるものになっていくのでしょう。

(2019/05/16記 地域おこし協力隊 日淺紗矢香)

お問い合わせ先
インキュベーションファーム:豊後大野市役所 農業振興課 担い手支援係(HP: https://incubation-farm.jp/)
お試し滞在施設:豊後大野市役所 まちづくり推進課 地域振興係(HP:  https://bungoono-iju.com/support/shien/otameshi/
〒879-7198 大分県豊後大野市三重町市場1200番地
TEL(0974)22-1001

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